ぱけちゃん、おしゃまなの。

ふざけながらも世間を切るんだ、はてなブロブ版

JAPANというのはジオンに白い木馬と呼ばれるようなものか?

連日の自粛要請と、それに従わねないだの、いやいや強制力ないからだの、まとまりのない罵倒合戦に嫌気がさしていませんか?

 

はい、ワタスが嫌気さしています。

 

常人のみなさまにとっては、身の安全と経済活動を天秤にかけていらっしゃるのだと思いますが、ワタスのように生きる死ぬという点に根本的な疑問を抱えながら生活をしていますと、

「人にうつすのはイカンとおもうけれども、そもそも根本的にすでに回避できないならば、勝手に生活させてくださいな。」

 

という思考になっている。

大事な人には生きていてほしいけど、自分が罹患してくたばっても、「……別に、……ねぇ……。」という思いがぐるぐるしている。

新型コロナを回避したからといて、どれくらい健康に生活できるかもわからないし。

いきなりもらい事故で死んでしまうこともあるだろうし。

 

そんなわけで、こういう死生観の全く違う人が混ざって社会を形成しているところに、特段の強制力もない自粛要請をほごにする人に対してワタスは避難の目を向けることができなくて困っている。

一般的には、粛々と自粛をする人が正義じゃんね。

……まぁ、ワタスの場合貧乏でどこかに行けるというわけじゃないし、コロナ対策からの喫煙場所排除によってメンタルが著しく破壊願望側に偏ってしまっていると、引きこもっているのでなにか外部に迷惑をかけているというわけでもないのだけど。

 

コールセンターの仕事は、隣との距離は50cmで、職場と家の行き来しかしていないのだけど、この状態から8割接触を減らしてください、とか職場がなんとかしてくれないと減らしようがないな、とイライラする。

ATフィールドとか、自分がヘルメットかぶらないとどうにもできない。

でもヘルメットかぶるとおしゃべりができなくなるコールセンターの性質。

テキストだけで物事を伝えるための、読解力、記述力ということで、本当に英語教育というより日本語教育を鍛えることが急務だと思うけど、

今の子供達が、このタイミングですっごい読書に目覚めてチートしていく、なんていうことは難しいのだろう。遊ぶのも脳にとって大事だし。

 

呼吸器系を保護するための、現在の人工心肺がコンパクトになる機器が出てこない限りは、これ解決が難しそうだな。

 

 

肛門がすごいことに

ただただ大腸検査の下剤の最終段階のような透明な液がでるだけで、残便感ともに便座に座るが、痛みとガスと液体だけが出た。

 

そして、普段35度台安定の体温が36度交換まで上昇。

ちょっとだるい。

 

そんな書き込みをfacebookなどにしていたが、潰してしまったので書く場所もなくこんなところに書き込んでいる。

ちなみに誰かとお話する気力はないし、そもそも口内炎がいくつかつながってほっぺの中にクレパスが生じている。

あーーー、なんか個人的内視鏡とか突っ込んで色々観察してー!

 

先程ボラギノールのばったもんな薬を肛門付近に塗ったら、ここはどこの未生成酷道区間だ? という感じのボコボコ感がある。

 

あーーーー! 焼いた針でイボを突っついて中が液体なのか、純然たる腫れなのかかくにんしてー!

 

そんなわけで、ご飯は水飴をなめて過ごすのだった。

ワタス、いつから妖怪のような生活をしなければいけなくなったのだろう。

でも、基本便秘で

「下痢でもいいから出して! 腸閉塞になるから!」

と言われたので、こんな暮らしをしているが、正直こういうの座って仕事するのは良いが、頭脳明晰な感じにはならず完全なインペアード・パフォーマンスだ。

 

全国の花粉症の皆様、北海道はシラカバ花粉の被害はまだ先ですが、

コロナの影響で今年はマスクの入手が不自由で心からお見舞い申し上げます。

もう、フルフェイスのヘルメットでも良いと思う。

結局ここに戻る

はいー、全国の気分障害の皆様~、新型コロナの影響でものすごく辛いことになっていませんか?

 

わたすは、職場で勝手に喫煙所を廃止したので、それがトリガーになってメガネを壊し、頭にコブを作るくらい暴れました。

そして、何食わぬ顔で1日仕事をして、

そして、本日からもう仕事に行けないかもしれない、

いやいや、いっそここで人生は週末にしてしまいたい、

と思いながら、

こんな時代に「喫煙上等!」なヤニカス共が集まる仕事、あるいは職場を探し始めています。

 

もう、コールセンターでお話するとか、勉強してこない人たちのお世話をするのはうんざりしました。

……ま、タバコがトリガーで全部ぶっ壊れたのですけどね。

 

タバコを止められることで壊れたのは、入院の時(これは自由に外出許可を獲得することで回避できた。)

また、今回が2回めだな。

どうやら、タバコを禁じるということが、普段我慢している感情の栓を引っこ抜くトリガーになっているらしい。

 

その後、知人友人がつながっているfacebookTwitterInstagramのアカウントを未来永劫廃止にして、

うん、これでなんの情報も勝手に入ってこなくなった。

 

かと言って、おお様の耳はロバの耳的な吐出口が必要なので、結局はてなに戻ってきた。

 

さて、退職届は出していないけど、昨日今日の感情ではもうあの仕事をする気もないので、とりあえず日雇いで色々やって見ようかなと思う。

多分、新型コロナの不景気はかなり長くなるので、どこに行っても安定というわけでもないだろうし。

 

それと、すでにクローン病由来の口内炎、というか口腔炎に加え、甲状腺あたりがすごい筋肉痛的疼痛を抱えており、咀嚼もできないくらい、痛い。

間を飛ばして、肛門が荒れ放題。

その途中がとうなっているのか不明なので、今月末辺りに大腸カメラをするが、3年経過しても相変わらず大腸検査の導入部は過酷な水飲み大会で、カメラも腸壁を突くたびに痛そうだった。

 

全身麻酔だと、親族の付添が必要になるのでやりたくないけど、我慢するしかないな。

 

さて、病気でくたばるか、餓死するか、どっちが早いかな~

検索にヒットしないサイトを

自分用の忘備録とか、メーカー非推奨の利用方法とか、それやるとちょっと壊れやすかったり不安定になるような使い方とか、

実際に公開されている情報が実は役に立っていなくて、本当に治そうと思うと校区方法を取らないといけない、

というようなサイトをかのグーグル先生の検索にヒットしない状態にして、老年になって

「あー、こんなくっだらない事やっていたなー」

とか、知人友人大事な人だけには有用な情報として共有できるようなものを作りたいと思っているのだけど、

これが割と面倒でな・・・。

こういうようなブログを利用すると絶対引っかかるし、

そういうことを避けようとするとレンタルサーバーにして深層webに沈めるしかないのだけど、お金払ってまでやるかね?

ということを考えると面倒くさくなる。

しかも、一生契約していないと削除されちまうし。

 

老後になる頃には、web作成の技術なんて持っていなくても使われなくなるのかなー、と思うと暇一つやる気も出ず。

損でも英語とか言語は翻訳システムが確立したとしても、微妙な語の響きとか、内容だけで成立しない部分もあるので、本気で身につけたほうが良かったかなー、などと思う。

あと、ナマ系の弾く楽器の能力。

腸が腫れているそうな

このところずーっと下痢続きで、肛門周辺がただれてきたのでアポ無し凸通院してきた。

相変わらず点滴針は血管に通らなく、若い看護師さんが申し訳無さそうにお謝るのだけど、

「僕常習犯なので気にしないでください。」

というと、ヘルプに来た看護師さんが

「それ、新しい表現ですねぇ~」

と、絡んできてくれたので

「えぇ、看護師さんの心に点滴針を上手にさせない・・・というトラウマを作ってしまう常習犯です。」

とカラカラと笑いつつ、じゃぁということでいつもの赤ちゃん用点滴針を使ってもらった。

 

・・・カルテシステムですぐ出てくるわけでもなさそうなので、先に言ったほうがいいのかな?

それとも、針刺しを失敗されるのは苦でもなんでもないので更新のために検体となったほうが良いのかな?

 

エコーは痛いものではないけど、強く押し当てられるとそれなりに苦痛である。

また、なんだかジェルという名のローションを塗られるので怪しい気持ちになり、かつ技師さんとの密着度が高いのでなるべく避けたいところだ。

結果、大腸左側が腫れているとのこと。

以前にも同じ問題を起こしていたのでその時使った薬で静まるか様子を見ようということになった。

 

そして、最後に前立腺肥大の予兆があると余計なことも教えてくれた。

肺には、過去に肺炎を起こした跡として影が写っているらしいし、とにかく面倒な肉体だ。

やばいじゃん、クローン再燃か?

昔々の21inchのモニタがくされてホコリを被っていたので2モニタにした。

今の所2モニタにしたからと言ってきれいに横に2枚配置できる状態でないため、今ひとつ利用用途が見当たらない。

 

この1週間ほど下痢がひどい。

しかし世間の風邪がお腹に来るらしいのと大建中湯をきちんと飲んでいるせいなのか?

はたまた例によって仕事が辛くなると不調からのクローン再燃であるのか判断がつかないが、大人のオムツをして日中過ごす。

 

おならには要注意だ。

先日なにかに

「肛門というのは瞬時に固体と液体と気体を区別できるすごい器官なのだ」

と力説された書き込みを見たのだけど、事実健康なときはそうだけど不調になると期待の背後に隠れている液体を認識できない。そしてひどいことになる。

だんだん忘れることを時に悲しいと思う

じいちゃんの命日である。

31日が命日というのは、どうしてもオイラの中では月命日の概念がすっ飛んでしまうようでして、今もこうして、あっ、という感じで思い出しました。

なくなったばかりの頃は毎日と言わずずっとじいちゃんのことを考えてばかりいたけどど、次第に思い出していない日に気がつくようになって、

先日は三回忌で集まったけれど、命日の今日はぼやっと家で過ごしていて忘れそうになってきた。

じいちゃんのことは忘れることはないけど、命日ってなんか、それ自体が悲しい記憶なので特にオイラみたいな辛い記憶を忘れるタイプは離れていってしまう記念日なのかな。

 

ただ、何もせず終わるのがなんとなく嫌だったので自宅から数珠を持って合掌する。