ぱけちゃん、おしゃまなの。

ふざけながらも世間を切るんだ、はてなブロブ版

自分が大事なモノを信じて、人に押し付けるな


「空は青いべきである」Canon PowerShot S95 developed by DPP


なかなかに日本は針のむしろである。
どこかのルーピーな総理大臣が「CO2 25%削減!」なんて言っちゃったもんだから、ヨーロッパはこの言質をしっかりと覚えており、
「いやいや、原発ダメでも大丈夫よ、安全確保すれば」
という主張で「いまさら火力発電にシフト」することを許していない。残念なことに日本は輸出で整形を立てているものだから、お客様の言うことも聞かなければいかず、原発の安全な維持とクリーンな代替発電技術を並行して舵取りしなければいけない針の筵なのだ。


まー、反省は40年も前にしなければいけなかったんだけれど、廃炉に50年と膨大な費用を考えると、日和見主義的な政治家は
「昭和40年代レベルに、電力を落としてくれ」
ということもできず、反原発の意見に耳をかせない状況もずっと続くだろう。


はて、日本で安定して電力を稼げてCO2も少ないとしたらなんだろう?
と考えたときに、筆頭に上がるのは水力発電。しかし、あの時の「脱ダムラプソディー」を国民は翻すことができるのだろうか? 外堀からCO2増やすな。生命たくましい人は反原発公共工事をこれ以上増やすなという人はダム反対。
やれやれ、なんと身勝手な日本人。


地熱発電に適したところはみんな温泉街だ。いまさら、その権利を譲り渡すものではないだろう。
潮力発電、風力発電は安定しない。
オイラ個人としては、電気を多量に使うので泊発電所も煙たく思ってないし、補助金が大量に入るならお隣さんが原発でも全然構わないけれど、そういう人ばかりじゃないからな。


こういう時に、先人たちは諸外国を驚かすような偉業を成し遂げてきたのだろうけど、さて、この体たらくな日本でそういう人が出てくるか。ま、楽しみではあるがどうせ生きている頃には完成しないと思うので、次世代の人たちよ適当にがんばれ。


オイラはこともが嫌いなので、ヒステリックな今の状況を快く思っていない。
てか、意外と嫌いなんだけれどたくましさは認めていて、こんなにひどい日本に大人たちがしてしまったが、意外とすんなり乗り切ってくれると思っている。ま、代償としてはオイラたちの世代の足切りが必要だけれどねぇ。


平和そうに見えたって、死はいつだって隣合わせなんだ。自分の中に死が存在する。
がんになったおやじを見て、つくづくそう思う。