ぱけちゃん、おしゃまなの。

ふざけながらも世間を切るんだ、はてなブロブ版

3月の雪は相変わらず存在しており、うんざりする


「枯葉散って、雪散って」Canon PowerShot S95 developed by Aperture 3


最近ギターばっかり飽きもせず弾いているのだけれど、今日も懲りずに休みだったのでゴロゴロしながら世のニュースを見たりギターのことを考えたり、次に欲しいギターのことを考えたりしているときに
ふと、


「あー、もう41歳にもなると、オイラがビンテージギターに育てて、それを見ることができなんだ」


そんなことが頭をよぎって、ちょっと人生が短いことをつまんない、と感じる。
ギターでもバイオリンでも、世の中ビンテージとか言って古くて大事にされて熟成されたものをありがたがる風潮があるのだけれど、ビンテージものはものすごい高い。普通のコンパクトカーが買えちゃうくらい値段がする。
まぁオイラは下手っぴで40歳を超えても未だに誠意のんびり練習中な人なので、そんなビンテージギターを買うほど腕前もなく、かつ玉数少ないビンテージギターの一つを自分のところにおいておくのは恐れ多くてできない。


ところが、そんなビンテージギターも元はといえば庶民の楽器で、その品質が良かったり、そのころガラクタ音楽と言われたロックが現代においてポピュラーになるという価値観の変容を経てありがたくなるわけだ。
元は新品なギターが、上手い人に使い込まれて成長してビンテージになる。
それを見られない人の寿命というのは切ないくらい短いのだな、と今さらながら感じる。


・・・まぁ、オイラも人生折り返してその先を考える年齢になったということなんだろうな。
軌道エレベーターにも乗ってみたかったり、簡単に自家用飛行機が当たり前になる時代に生きたり、そんな未来に生きることは難しかったりする。


まぁ、今弾いているFender JAPAN ST71-TXが、他人に受け継がれてその先50年でビンテージとして活躍すると嬉しいかもしれないが、フェンダージャパンのじゃ無理だな。