ぱけちゃん、おしゃまなの。

ふざけながらも世間を切るんだ、はてなブロブ版

父親



本日、父と大喧嘩をした。
もともと小さい頃はおとなしいオイラだったのだけれど、いい加減成長していろいろな修羅場を営業でくぐり抜けてきた経験が(邪魔して)一歩も譲ることができない。
特に、相手が激高した時に机とか叩かれると「カチン」と来て、全く話し合いにならなくなるのがオイラである。
原因としては、出だしはとても些細なことなんだけれど、仕事に関して
「何でも良いからとっとと働け」というような話。
こちらはこちらで、鬱を抑えながら少しでも自分に技術が付いて、将来に希望をもてるものを探し、最終的にどうしようもなければ再び期間工みたいな「社員じゃなければ」なんの向上も見いだせないような仕事とバイトを平行してやるつもりである。それがどうも理解できないらしい。
それに加えて、オイラは現実に大変不満を持っており、少しでも不満を世の中に出していくことで共感してくれる人を増やしていきたいし、現実の経済の仕組みはあまりにも固定的で頭に来ている。フランス革命クラスの戦いを日本人自らがしなければいけないほどだと思っている。そのまま現実の搾取を受け入れるだけでは何も変わらない。そういう意見を述べたところ、全く理解できなかったようだ。
繰り返されるのは何でも良いからとにかく働け。
そこにはただ受け入れるだけの希望のない人生でかまわないという主張が織り交ぜられていた。
もちろん、失業給付が降りている時点でそれをしようとは思わないし、現実勉強もしたりして、鬱なりに前に進もうとがんばっている。
けれども、それは単なるバトルにすぎなかった。
オイラは宮崎哲弥氏を敬愛しているので、かなりへりくつで理屈っぽくて、納得のいかないことは絶対に完璧な答えを要求するのだけれど、父の意見にはそれがなかった。
そうなると売り言葉に買い言葉。互いが怒鳴りあい、漫然と過ごしているから太平洋戦争だって止められなかったとか、そのせいで大開の世代が発生して、未だにその戦後処理を(リストラ、人あまり)という形で支払っていること、を訴えた。強いルールで搾取する立場の人間は徹底して追求しないと気が済まないのはオイラの特徴でもあり、悪い点かもしれない。
最終的には、
「希望がなくて、生き甲斐のない生活に意味はない。」
「そうならざるを得ないならば生きている意味だってない。死ぬことすら選択肢にはある!」
と怒鳴って帰ってきた。
おそらく、ただハイハイとおとなしく親の言うことを聞いていたオイラが初めて本気でぶち切れた日だったかもしれない。
その後は、そのときのことも思い出したし、今の弱い立場の人の状況を変えられない自分の能力のなさが悔しくて、ひとしきり車の中で泣きまくった。もうこう言うのは、単なる悔しさだけじゃなくて病的な泣き方である。
その後、全く前後不覚となり、正直何をしてきたのか覚えてないほどだし、とりあえず写経用の硯の墨を探したりしたのだけれど、墨汁ばかりで売っていなかった。
しばし、完全なる固形物の絶食でこういう事態をしのぐことになるだろう。
いいんだ、オイラは間違っていると思わないし、父もそうだろう。時に父と息子は絶対に相容れない状態というものがあると思う。


ちなみに、そういう社会的状況があるから秋葉原の事件のように
「生活に疲れた」とか身勝手な理由が挙げられるようになるのである。悪いのは犯罪を犯した犯人。ただし、この社会状況に対して全くの無策の政府だからこういう身勝手な理由をつけられてしまうのだ。
うまくいくとか、失敗するの問題じゃない。政府、行政は変えようとする「何かの努力」をきちんと見せて欲しいだけなのだ。
と言うことで、しばらく激鬱だろう。