ぱけちゃん、おしゃまなの。

ふざけながらも世間を切るんだ、はてなブロブ版

日曜日の夜に幸せを感じされないのは自分の責任である。

日曜日のよる九時くらいを超えると、気分的にイヤーな感じになる。

この感じは大学生の頃からのもので、もう30年くらい変わることなく嫌な気分を繰り返している。

もともと次の日が月曜日なので「つまんねぇなぁ、」と思うことはあっても、あの学生時代に誰もいない学生会館に入ってコントラバスを練習したり、ギター本を見ながら歌ったり、それはそれで自分の部屋ではできないことをを好き好んで行っていたわけだけど、本当に誰もいないんだわ。日曜日の夜だけ。

月曜日から土曜日の夜まで、絶えず人の声が鳴り響いている学生会館。主に部活サークルの部室があるので、帰るのが面倒になった連中やら、学校行事が大好きな連中が張り付いているのはわかるのだけど、それでも日曜の夜だけは誰もいなくなる。

クーラーもない建屋だから夏はとても暑かっただろうし、冬は異常に寒かったのだろうけど、不思議とその感覚は記憶に残っておらず、だだひっそりと冷たい風が心を通り抜けるがごとく、ひんやりとした孤独感だけが残っている。

ということも、このブログで何度書いたっけな•••。

いい加減大人になろうよ、と言い聞かせるのだけど、良かったと感じる時代というのはなんとか取り戻そうとあがいたしまうものだな。

 

で、

今の仕事は映像関係に関連が深い仕事なのだけど、

そういえばオイラって色弱で絵に対してコンプレックスがあるし、ビデオとか映像も時間がもったいないとして、一人暮らしのくせにビデオデッキすら買わずにゲームとか音楽関係ばかりに手を出していたな。

そんなことを考えると今の仕事のツールには全く興味がないのもうなずける。

みんながみんな好きなものを扱って生きているわけじゃないけれど、ちょっと心が弱っているようなときぐらいは元気を取り戻すまで限定でいいから、好きな仕事をさせてくれるキャンペーンとかあったらいいのにな。

政治家になるものおそすぎるのでこういうのは願うばかりに叶わないのであろう。

 

それにしても、安物の上海問屋の73キーボードが思いの外気持ちが良い。

なんだろうこれ、やっぱりVarmioのパンダちゃんキーボードを買ったほうが良いのかな。黒軸で。

黒色キーボード歴もずいぶん長いけど、最近白いキーボードの方が好きなんだなぁ。

真面目に考えるほどの仕事ではないコールセンター要員

お、我ながら珍しい。2日連続で書き込むのかい?

そろそろコールセンターのお仕事をして10年になろうかというところなんだけど、世間で言われる通り長居できる環境ではない。自分も体調やメンタルが悪くなったり落ち着いたりの繰り返しで、良い状態というのはほぼない。

だいたい末期になると出勤するのが嫌になって、それに合わせて身体か精神の調子がおかしくなって休みを取れるのは「突然の欠勤もそれとなく織り込み済み」のコールセンターならではの欠勤なのだけど、かと言って

「やっほーぃ!」

と突然調子が良くなるものでもなく、明日からどう折り合いをつけていこうと悩んでその日を終えることとなる。

そこで最近今の現場で「なぜこうも毎日頭にきて、なにか改善したいけどやる気がねえのだ?」という疑問に回答が出ることとなったので忘れないように箇条書きにしたいと思う。

  1. 問題発生についてアクションが電話でやってきて初めて気がつくことが多い
  2. 問題について担当間での温度感がぜんぜん違うので現場として意思統一が取れない
  3. 管理者はこの時、クライアントと話し合いをしているので現場にタッチできない。
  4. 管理者不在状態で担当が経験をもとに進めていくので、電話で痛いところを突かれるが、統一された回答がない。
  5. クライアントから方向性が降りてきた頃には、すでに別の問題がブームとなっているので役に立たない。

上記のステップを延々と繰り返しているわけだ。

そこで、自分としては毎日対応する中で問題になりそうなことや、足りない情報や問題点を把握できているのだけれど、残念ながらひっきりなしに電話が来るのでそういう問題を頭の隅にとどめながら対応するので、対応すればするほどうんざりしてくるのである。

いい加減僕は嫌だ!と、足りない情報をまとめたり、必要なツールを作ることで多少増しになることはわかっているのだけど、「それってクライアントがまとめてつくるものじゃねえの?」と思うので、家に帰るとやる気は出そうでも体力が持たないし、なんとなく腹立たしいので結局やらない。

そんな経験者もいつかべつの待遇の良いところにバイバイするか、うんざりして去っていく。

現場に経験者が足りなくなった頃には復旧不可能な状態になり、クライアントは別の依頼先を探し始めて再び

「やる気があるけど、経験が足りない」コールセンターを立てていくわけだ。

すなわち広告などで「居客満足度ナンバー・ワン」なんていうのは、「フレッシュでやる気に満ちていて、頑張ってくれる担当者」に対する満足度であって、製品そのものや企業としてのサービスのスマートさがスポイルされた結果であることを誰も口にしない。

我々は「期待していたのと違った」とクライアントの苦情を受けることがあるが、

「だって満足されたのオイラたちであって会社のことじゃねぇもん、」

と電話が終了したあとに舌打ちしたり呪いの儀式をするくらいなものだ。期待ハズレなど上等。ウチラはそれをごまかしてクライアントが対応をまとめるために時間稼ぎ要員なのだ。

 

新人を短期間で立派に対応できるようにするには優れた検索しやすいリソースと、入力の手間がかからないツールが必要なのだけど、ある会社のシステムはとても優れていたけど、それ以外はつぎはぎだらけのひどいものであると感じる。

ウチラはクライアントが放棄している責任をかぶって裁判に出るつもりもないし、でるくらいなら高跳びするし、またクライアントを良くしようと思っても3回スルーされたらそれ以上の提案はしない。

情報まとめやツール作りさえクライアントがしっかりしていれば揃っているはずで、そういうのを現場の声としてまとめるのは給料に含まれているとも思えないしやる必要もない。その事によってコールセンターが閉鎖になろうが知ったことではない。

別で請け負った依頼先にみんなで揃って転籍するだけのこと。

それはたまーにセンターが閉鎖になったらみなさんが困ることになる、という認識の間違った企業の犬と思しき管理者が周知してくるが、残念、困ることなどない。

移動するだけなのだ。ちょっと保険とかいろいろな手続が面倒なので、別な仕事を探すほうが多いけど、ちゃんと学んでいる担当は新しい依頼先に移動すればよいということをコールセンターの担当も自負を持ってはねつけるべきである。

就業時間中に現場がバタバタしている根源であるまとまった情報と、問題発生時の定型的なフロー、そして面倒ではないツールを作ることは個人的にはやってもいいけど、持ち帰ってまでやらない、ということで夜中に悩んで眠れなくなることは今日を持って終了することにする。

安物買いで銭失わない努力は大事なんだぞ

「そういえば、」

と思ったのが、不定期に気分転換のためにキーボードを変更するということが若い頃はあったのだけれども、途中でmacを使っているときにはなんの選択肢もなかったし、そういうこともしていたかった。

しかも、なんだか最近はパソコン使う奴らは意識高い系ばかりになり、キーボードなんて気にしねぇというやつはパソコンを離れスマホに流れていったようで、気がつけは世の中は高級キーボードが幅を占めるような風潮になっていた。

キーボード売り場をウロウロして、コトコトキーを叩く限り現代のトレンドはメカニカルスイッチを搭載したゲーミングキーボードか、東プレ、あるいはそのクローンの静電容量式の2択になっているような感じがする。

ゲーミングキーボードの軸の色の違いのよる微妙な感触の違いに皆さんはこだわりがあるのだけれども、最近はcherry MXのコピーでも侮れない品質を繰り出してくる中華製品が市民権を得始めており、

「これってキーボードロガーチップがが標準搭載されていて、ネットを通じてあの中国〇〇党に情報が筒抜けなんじゃねぇかな?」

と思ったりする。

しかしながら、貧乏なひとがお腹を膨らますために炭水化物の塊で中性脂肪を増やして、結果医療費が高くなることが止められないのと同じように、やすさには勝てないのである。

てなわけで上海問屋で見かけた73個のキーしか乗っかっていないクローン赤軸のフレームレスキーボードを取り付けてみた。中華製のキーボードの日本向け製品はこの配列をチョロチョロ見かける。以外と連中、日本へのマーケティングをちゃんとやっているような気がする。むしろ、国内製品のほうがこの手の製品に関しては保守的で甘々だ。

前に記載した内容でFilcoの茶軸に高価な二色成型のキートップをつけたお話をしたけれど、思いの外キーの背が高くなり、パームレストがないと打ちにくかったり、うっかり指が関係ないキーを引っ掛けたりでミスタッチが増えた。また、タイピング時間の殆どが会社安物キーボードを涙を流しながら叩いているのでそっちにになれてしまって、自宅で茶軸を軽快に入力するという気分にもならず、

「安くて気分転換」

いいんだ、それでいいんだ。ということになった。

本当は2万円弱ほどする「パンダさんのキーボード」が欲しかっったけど、給料も少ないし、なんだかんだと楽器関係にお金をかけたいので仕方ない。

結果として机はずいぶん広くなったし、入力に合わせてキーが光ったり、点灯パターンを切り替えるとふんわり呼吸をするようにキーボードがLED点灯する様子を見ているのは、それだけで楽しかったりする。

 

そういえばずいぶん久しぶりにここに書き込むけど、なんだかずいぶんとウジェットが搭載できるようにブログが変わっているようだけど、昔からそういうのは使わない。

文字だけ打てればいいんだ。

安い割に良い買い物であった。

誰がオイラは宇宙の更新できない場所で生きていると嘘ついてくれないかな。

最近ねぇ、ニュースを見るのが辛くなってきたのよ。

明るい話題はないしねぇ。しかも、年金でいくつまで生きると得だとか損だとか、

人生生きているのは金だけで測れるわけじゃないのだけど、その難しい判断を個人に押し付ける今の年金制度は、本当にひどくなる一方だと感じる。

ないならないでいいんじゃない?

多分、この団塊ジュニア世代世代は今から生活保護に向けてあきらめ始める人もいるだろうし、何を見ても結局つまらないくて憂鬱になるから、

ニュースなど知らずに生きてみるのもよいのかな、と思ったりする。

 

そんでもって今日はずーっと胃袋が痛い。

 

多分、暇になって余裕ができれば再び躁状態になるのかもしれない。

けんども、そうになると物欲が先に出るのでそれを一生懸命押さえる今の生活で、鬱から脱出することなんてできるのかな。

たまに、楽しいことがありそうだったら良いのだけど、そんなイベントが思いつかないし、作り出す意欲がない。

そして、こういう愚痴はとうとう家の中で喋ってもかみさんに嫌な顔をされるので、吐き出す先がなくなってしまったので、書き始めている。

全く、ストレージがもったいないよ。

 

ピンポイントで爪の先くらいの隕石が頭貫通してくれないかな。

事故だと笑って送り出してほしい。

 

触れない訳にはいかない人達がいる

ヤンデレラ。

すごく人間関係が面倒。

昔からこうだったのかしら? と、何時か時間ができたら検証してみようと思うのだけど、多分そんな時間は火葬場でもされるか、土の上でくされるまでやってくるとも思えず、

「はぁー、疲れたな……」

と日々やり過ごすのだろう。

 

ところで世界が毎日平和だったら、人のため息の量も減ってCo2の排出量もずいぶん減るのだろうか?

でも、イルカやクジラにはうるさいくせに牛のゲップ問題に取り組むつもりもないアメリカにはこんな話題を振っても、両手を上げて肩をすくめるだけなんだろう。

 

それで、毎日農具か工具を持って日々モノに向かって黙々と作業をするような仕事はだんだん日本からなくなるか、あっても新規参入はとっても厳しいので、いっそそういう仕事が残っている国に移民として行ってしまいたいと30分に1回位考えているのだけど、

これはこれで自殺を思いとどまるのと同じ理由で、両親や祖母のこと、親切な親戚や多少の友人がそれなりに面倒を被る事になりそうなので踏み切れるわけでもない。

そう、みんながルーツのクンタ・キンテとは同じではなく、一歩前へ踏み出せるわけじゃないんだ。

特に精神面で弱さを抱えていると、日々怯えながら過ごすか、やけっぱち躁モードで誰から構わず口撃を加え続けることを繰り返すもんだ。

……オイラだけだ。

 

今度学術的にロボトミーについて研究することにする。

いっぱい書籍もあるしな。

それほど映像には興味が無いらしい

現在、バリバリの映像系のサポートをする仕事をしているのだけれども、

どうやら、というかやっぱりなんだけど、オイラ映像系にはそれほど情熱がないらしい。

昔から音には興味があるけど、映像とか絵とかひどいもんだったしなぁ。

どれくらい興味が無いかを示すエピソードとしては、一人暮らしの大学生なのにビデオをとうとう買わずに結婚してやっと家にある生活になった、といえばいいだろうか。

なんだか映像を弄ってもしっくりこないから、やがてどこかへ去っていくのだろうな。

と、面倒くさい日々を送っているし、双極性障害の鬱のほうがすごい刺激されている生活なので、やばい。

あまり陰謀論に精通すると世の中嫌になるので、片手間くらいでちょうどよい。

いやぁ、しばらくぶりに書き込むんだな。

前回からずいぶん日が経ってしまったが、オイラは呼吸系で疲れが出やすくなっておりコールセンターで働き続けることに限界を感じる日々。

かといって黙々と働けるような仕事が50歳手前であるとも思えず、

「どうしようかな・・・」

と、帰っては倒れるように眠り、これといった学習をする気力も失われただ時間に流されるだけである。

 

そんな日々を過ごしていると、はてなダイアリーのほうが終了してしまうという事になったようだ。

当時は、キーワードがリンクされていて面白かった仕組みだったのだけど、今では右クリックするとブラウザの機能でgoogle検索につながっており、そこからWikipediaを始め、簡単にキーワードを調べることができるようになってしまったことからも、この役割は終わりになってしまったのであろう。

 

そもそものブログという形態も、アフィリエイトが満載で独自ドメインを取得してをwordpressなんかでチャイチャイと小奇麗に編集するのが流行りのようだし、それだって今後どうなっていくのかわからない。

愚直に一つのことを極めるということには時代の回転が早くなりすぎてしまったのだろうな。

 

それでも時代はめぐりめぐるとも言われるので、いつどんなことがリバイバルされるかわからないのだけど、少なくともIT関連の技術に関してはわざわざ古い技術を取り上げて使うこともないだろうから、新しいことを覚えていけなくなった時点で別のことを考えないといけないのだろう。

 

なんかこう、もっと簡単な負担で右肩下がりは慣れっこだから、それでも数本のギターを音楽をやるくらいに生活を維持できる労働というのはないものかな。

 

多分団塊ジュニア世代である限り、無理なんだろうと最近は思う。

 

そうして段々と若いがゆえの毒が抜けて丸っこくなっていくというのは周りの連中を見ているとよく分かるのでオイラもそうなっていくのだろう。

またくだらないことを書いてしまった。