ぱけちゃん、おしゃまなの。

ふざけながらも世間を切るんだ、はてなブロブ版

暇つぶしの文章 1 by 中崎ぱけを



仕事も決まらない俺は、今日も暇つぶしと運がよければ儲かるかも、というイヤらしい心を持ちながらパチスロ台の前で延々と同じ作業を繰り返す。
レバーを叩き、ボタンをペチ、ペチ、ペチ。
運がよければボーナスを告知してくれ、それ以外の普通の時や運の悪い時は何も起こらず再び同じ作業を繰り返す。
もうどれくらいの時間が経過しただろうか。今日は久しぶりについていたらしく、朝座って1000円入れただけでボーナスを引き、そこからチョロチョロとした感じて、点が線に繋がり、ちょっとしたお金が確定した頃だった。ま、金額にしたら6万円程度だけれど、6万円をアルバイト同然の賃金しかもらえないであろう俺からすれば、1週間ほど働いてもまだ足りないくらいのでかい金額なのだ。
しかしながら、嬉しいかというとそういうわけでもなく、逆にどんどん普通の生活に戻れないな、という意識を強く感じるのだった。俺は精神安定剤を少し多めに口の中に放り込み、缶コーヒーで流し込んだ。もうあと30分もすれば薬が効き始め、うっすらとした眠気をまといながら目の前のスロットを回し続けるのだろう。・・・多分、最終的にいくらになるかなんてどうでもよいようなことなのだ。労働をして経験を積んでいく普通の仕事をすることに比べれば。


何度か、スロット内部のメダルはすべて外にはき出され、その度に店員を呼んで内部にメダルを補給してもらう。その時はたまたまいつも俺が
「・・・綺麗だよなぁ。」
と思う人が、マニュアル通りなのだろう、よかったですねと言わんばかりの笑顔を振りまきながらセットして、引き上げていく時だった。ほんの一瞬、名前を呼びつけるような怒号が聞こえたような気がした。俺が一瞥をくれると黒色の刃物をもった如何にもひょろっとした兄ちゃんが、呼吸を荒くして誰かを見据えていた。なんとなく俺を突き抜けてその視線は、先ほどまでメダルを補給してくれていた店員に向かっていた。
「・・・あ、これ、ヤバイね。」
そう感じて、ヤツの隙だらけの足下をすくうとか、あるいはヤツのコールドゾーン側から腕を取るイメージがわいたのだけれど、そのイメージが具象化する前にヤツは刃物を先端をぐっと伸ばしてかけだした。
(・・・くそ、面倒な事しやがって!)
そう思った時には、彼女に覆い被さるしか選択肢がなかった・・・。イヤ別に俺がよけても良いんだけれど、そうしたら彼女が刺されるだろう?
(やはり俺のどこかに「死」に対する願望というのは歴然と残っているのだろうな。)
俺は右の背中にぶつかられるような衝撃を感じ、思わずその勢いで倒れそうになる。しかし、右手で何とか椅子をつかみ、床に左手をうまい具合につくことで転倒を避けることができた。ふと、顔を上げると恐怖で言葉が出ない様子の彼女が、俺と一緒に突き飛ばされた勢いで床にしりもちをついて動けないで居た。
(・・・これはよろしく無い兆候だねぇ・・・。)
そう感じた俺は、どれだけ言葉が出るのかわからないのだけれど彼女に向かって叫んだ。
「こらぁ! そんなところで腰を抜かしてないで、さっさと逃げろぉ!」
その言葉で我に返ったのだろう。彼女はヤツから遠ざかるような方向へと立ち上がり逃げ出していった。
(・・・・・・さてよぉ。)
最初衝撃にしか感じなかった右の背中は、次第に激しい痛みを帯び始めていた。熱い。痛い。それは、かつて痔の治療で間違って麻酔の効いていない場所に針を刺された時と同種の身をちぢこませる様なものだったが、全く規模が違う。何となく呼吸をするのも非常に苦しい。いっそのこと、取り合えず今の現状を放り出して床に転がって救助をまとうと思ったのだが、先ほど俺に刃物をさして一緒にこけたヒョロイヤツが再び立ち上がって、彼女を追いかけていきそうな気配を見せたのでとっさにオイラはヤツの上にのしかかり、動きを封じようと思った。
(・・・おぃおぃ、重傷を負っているのにそこまでヒーローになる必要なんて無いだろうw)
と冷静に語りかけるもう一人の自分が居たのだけれど、
「うるせぇよ・・・。何もしないヤツは黙ってろ。」
と俺は言葉に出した。そんなオイラの脳内の会話のいきさつがわからない回りの客は、その言葉でぎゃーぎゃー騒ぐのを止めた。
俺がヤツの上にのしかかると、ヤツがバタバタし始めたので、まず俺はヤツの左足をまたに挟んでロックした。・・・ま、プロレスマニアというのは困った人種でね。隙を見てはいつか誰かに技をかけてやろう、と思っているヤツも居たりするんだ。いわゆるトゥーホールドと言うヤツだな。まともにはいると足首に曲がる以上の力が加わって非常にいたい、・・・はずだ。とりあえず、このヒョロイヤツはぎゃーぎゃーとわめいて痛がっているので効いているのだろう。これで下半身は抑えた、と。
次にやらないといけないのは、上半身を動きに制限をかけることなのだけれど、残念なことに重症を負っているオイラには力で押さえつけることはできないようだ。そこで、相手にからみつくような技が浮かんだ。それがチキンアームフェースロックである。ひらめいた刹那、オイラはヤツの右手を取り、外側から自分を腕を通し極めにかかる。これも、うまくはいると動きが取れなくなる。
そして、俺にこんな痛い思いをさせたヤツに腹が立ったので左手を顔面に当て、先ほど腕を決めた右手とガッチリ握手をさせたらチキンウイングフェースロックだ。動けないし、動くと腕と顔が痛い。締めるともっと痛い。さながらSTCFというところだろうか?
こいつは思ったよりうまくいったみたいで、最初は必死にもがいていたヤツも痛みに辟易したのかだんだんとおとなしくなってきた。ほら見たことか。ヒョロイヤツが自分の身の丈以上の武器を使おうとするからそういう目に遭うんだ。
何となく、身柄の固定には成功したように思われたので、近くの客に向かって、
「・・・いつまでも抑えておける訳じゃないから、ロープをもってきてコイツを縛り付けてくれ・・・」
そう頼んだ。普段よく見かける常連で、風貌の冴えないおっさんだか、昔の経験が蘇ったのだろう。迅速に店員と連携してものをもってきて、脚を固く縛り、手を後ろ手に結びつけ、さらには念を入れて椅子に縛り付けてくれた。
(・・・よし、これで一安心かな。)
そう思って気を抜いた瞬間に、あり得ないほどの激痛が襲ってきて、咳き込むと口から血が流れ出る。
(・・・こりゃ、思ったより深く刺さって居るみたいだねぇ・・・)
とりあえずオイラは姿勢を直し、近くの椅子に座った。正直痛みと疲れで何もする気にならない。警察への連絡とかその辺は他のヤツがやってくれるだろう。目の前に縛り付けられているヒョロイヤツにさらに蹴りでも入れてやりたい気分だったが、疲労の方がでかかった。もう面倒くさいし、勝手にしてくれ。・・・昔の拷問で公開処刑の「鋸曳き」でもやってくれれば見ていて楽しいのだろうけれどなぁ。


何となく一服したかったので、胸ポケットからタバコを出そうとしたが血でビッショリとしていた。
(・・・全く、やっぱり今日もついてない日らしい。こんな様子じゃ換金して意気揚々と帰ることもできないしな。)
うんざりして、頭をうなだれて居るとふと気になることがあった。
「・・・あのさ。」
俺は近くの客に向かって話しかけた。
「・・・救急車。・・・呼んでくれた?」
そいつは回りの客達や、店員の顔を見渡し突然、まずいと言う表情をして、
「何やってんだよ!! 早く救急車を呼べよ!」
とみんなに向かって叫んだ。
(・・・そりゃ、俺がおまえに言いたい台詞だよ。)
あー、もう面倒くさい。これでまた、レスキューが到着するまで痛い思いをしないといけないのか・・・。
そんなことを考えて、重力に従い頭をうなだれていると、頭上からか細い声がする。
「・・・あの、・・・大丈夫です、・・・か?」
(・・・まぁ、大丈夫じゃないだろうな。でも、ここは一つ彼女のために一芝居打ってみるか・・・)
「大丈夫よ。・・・。けがはなかった?」
「はい、大丈夫です。・・・。どうしてこんな・・・。」
「どうしてって言われてもなぁ・・・。体が勝手に動きました、とさ。」
何かを言おうとするが、うまく言葉にならない彼女の不安そうな顔を見上げた。その格好が辛そうに見えたのか、彼女は俺の目線までしゃがんでくれた。
「俺ね・・・、あなたの笑顔が好きなんですよ。・・・バカでしょ?」
そういって笑い顔を浮かべようと必死になった。その精一杯の冗談を彼女は酌んでくれ、
「・・・はい、・・・、バカですよね。」
と言って、ボロボロと涙を流しながらも笑顔を浮かべようとしてくれた。それがとても良い感じだった。心からのすてきな笑顔に見えた。
(・・・良い表情が見れたな。)
その瞬間目の前が暗くなる。音もどんどん遠くで聞こえるようになってきた。経験上これは貧血と同じ症状だな。そう俺は思った。
出血が多くて、頭の方まで血が上ってないのだろう。気持ち吐き気もするし。そこでオイラは、横になろうと思い椅子から降りたが、うまく体が動かなかったのでばったりと床に倒れるような感じになった。遠くの方から聞こえるように、客達の悲鳴の声が頭に届いた。
(・・・ギャーギャー騒ぐなよ。貧血で気持ち悪いんだから、ゆっくり横にさせろよ。)
しばらく目を閉じていたが、頭に懐かしい感触がある。あぁ、これって俺が子供の時によく母親に頭を撫でてもらったっけ・・・。
ちょっと目を開けると、彼女が心配しながら頭を撫でていてくれた。ブランケットもいつの間にか体に掛けてくれたみたいで、先ほどからしていた寒気も少し和らいだような気がする。
俺は彼女に向かって、少し照れくさそうに笑いかけた。
彼女は相変わらずショックだったのだろう、涙をポロポロと流していたが、俺の笑顔に応えるように笑いかけてくれた。
・・・笑い顔に涙というのも、かわいらしくて良いものだな。ちょっと今日は良いものを現実で見ることができた。
俺は段々と痛みが和らぐとともに眠くなってきて、遠くから近づいてくる救急車の音を聞きながら、彼女が撫でてくれる頭の感触の心地よさに神経を注いだ。
意識を失う直前、俺は思った。
(・・・こういう気分なら、死んでしまっても後悔なんて無いかもな。)